銅の釜に手を添え、
蓋をそっと閉じる。
まるで、花の声に静かに
耳を澄ませるような時間が、
ここから始まる。
朝摘みのハマナスは、
しっとりとした重みとともに
目を覚ましたばかりの香りを抱いている。
一枚一枚、手で集めたその花びらを、
静かに、ゆっくりと釜へと入れていく。
用いるのは「水蒸気蒸留」という、
昔ながらの技法。
蒸気の力で、
花が本来もつ香りをやさしく引き出す。
繊細な温度調整、
そして気長に待つ覚悟がいる。
焦らず、急がず、
花の本質だけを一滴に映しとるための時間。
冷却を終えると、
銅管の先から
ぽとり、ぽとりと
雫が落ちはじめる。
それは、ただのローズウォーターではない。
北の大地の風、空、土、光——
すべてがそこに、確かに息づいている。
肌に触れた瞬間、どこか懐かしい気持ちや、
理由のない安らぎを感じるなら、
それは、
花の記憶が静かに語りかけているからだ。
ロサ・ルゴサという名のすべては、
この一滴から始まった。